ラスコーの壁画 − ジョルジュ・バタイユ

tnkysr2004-09-17

 バタイユは『ラスコーの壁画』を、アートの歴史において“始まりの日”と位置づける。

 彼が一万年以上も前の人間達に対してとる態度は、「未開の原初人類であり、品位に欠けた野蛮な人々」と見なし、現代人にとって認めたくない自身の醜い部分、野蛮な一面を、身勝手なロマンと共に押し付けてしまうような、ある意味差別的な、オリエンタリスティックなものでは決してない。まず、誰しもが抱いてしまいがちな、原始人の動物的なイメージを払拭しようと、彼は尽力する。

 そして彼は、ラスコー人を我々人類の同志と認め、それ以上に、彼らに最大限の敬意を表した上で、壁画が示す意味の分析を、彼の思想を交えながら、事実に即する形できわめて慎重に行ってゆく。洞窟内部の構造や壁画の説明を詳細に行う部分は、資料としての価値はあるかもしれないが、私には少々退屈に感じられた。しかし、彼の思想が炸裂する部分は、文章が一気に熱を帯び、壁画の牛たちに負けず劣らず、乱舞しているかのようだ。

「禁止と侵犯、労働と遊び、そして生と、死を見つめるまなざし。」

 当時人々が見ていたものは何だったのか。一体何が彼らを、“絵を描く”という前代未聞の行為へと駆り立てたのか。 興味は尽きない。

 ただでさえ当時の壁画には、人間の姿を描いたものは少ないのだが、あっても動物達のリアルな描写とは対照的に、ごく簡略化された人物の描写や、鳥の仮面らしきものを被った男、上半身は獣の姿をした男など、我々が恥部を手で覆うように、彼らが隠そうと示していた部位は、自分達人間の姿であった。きっと、彼らが恥じ、嫌悪したものは我々と同じ、自らの計算高さ、理性だったのではないだろうか。動物の世界を描くという表象行為によって、ラスコー人は、卑俗な能力である理性をなげうち、神の領域へのコンタクトを試みたのだ。

 オーリニャック期、人類初の芸術が萌芽した時である。

ラスコーの壁画 (ジョルジュ・バタイユ著作集)

ラスコーの壁画 (ジョルジュ・バタイユ著作集)