「運転中のケータイ禁止→事故半減」はシャバ僧

今日のヤフーニュースを見ていたら、

「運転中のケータイ禁止→事故半減…1年で44万人摘発」

 ドライバーが携帯電話を使用中に起きた交通事故は、運転中の携帯電話使用が禁止された昨年11月以降、半減していることが17日、警察庁のまとめでわかった。

 同庁によると、携帯電話使用中の事故は、改正道交法が施行された昨年11月から今年9月までに928件起きたが、前年同期の1938件と比べると1010件、52・1%減った。死者数も10人減って21人となったほか、負傷者は1523人減少して1263人となった。

 一方、10月末までの1年間に携帯電話の使用で摘発されたドライバーは44万1621人に上った。4月末までの半年間は15万411人で、その後、約3倍近くに増えた。同庁は「規範意識が低下している」として、今後、取り締まりを徹底する方針。

洗脳記事かと思った。それがはじめの感想。


正確なデータが分からないのではっきりしたことは言えないが、この記事を読んで「運転中の携帯電話の使用禁止により交通事故が減少した」とタイトルに誘導され合点するのは非常に危険である。それは間違いだ。そもそも運転中に携帯電話を使用する人が減った(施行前の4分の1程度になったらしい*1)のならば、それに伴って携帯電話の使用中に事故を起こした人数も減少するのは至極当然。いや、当然以上のものがある。今回はその部分に議論の焦点を当てたい。もちろん、罰則を恐れて、携帯電話の使用が事故の原因であったことを黙っているケースが施行前より増えたことも十分あり得るだろうが、今回はあえて細かい部分は無視する。


ぼくが最も批判したいものは何なのか。それはこの記事の──携帯電話使用の危険性そのものとは何の関連もないところの──ただその論理展開だ。記者の意図は明らかでないが、もし、記事のような論法が「効果の証明」として有効なら、例えば「運転中の音楽鑑賞」など、それに限らず何でもかんでも法律で禁止することが可能なのだ。

では、ここで軽く思考実験をしてみよう。仮に、「運転中のブリーフ」を明日から禁止にしてみる。この改正法の施行後、運転中にブリーフを着用するというとんでもない犯罪者が半数以下に減少したとすれば、次年度までに、ブリーフを着用したドライバーが事故を起こす件数が半減することは大いに期待できる*2。すでにお分かりの通り、このような「運転中のAの禁止」は“飲酒”だろうと“安全確認”だろうと、任意のAで成立する。すべての日本のドライバー人口を半分にすれば、交通事故も半減するであろうことと、どれも本質的に同じなのだ。つまり、この記事に示されたデータだけでは、この空虚な思考実験と同じで、「運転中の携帯電話の使用禁止」という因子が「交通事故の発生」に与えた影響ついては全く何も語っていないのである*3


速報記事の性質上、詳細なデータを示すことに無理はあるが、せめて最低限、全体の事故発生件数の提示は不可欠だ。それがなければ、これは効果の証明でも、ましてや卑劣な似非統計でも何でもない、ただの算数トリック、子供だましだ。あまりに読者をバカにしすぎである。もっとも、記事のタイトルが紛らわしい。百歩譲って「改正道交法施行→事故減少」とすべきである。

念のため、警察庁の統計ページも確認したが、どうやら今年の交通事故発生件数は前年比で2万件(2.4%)ほど減っていたようである*4。なぜこれをあの記事に含めなかったのか。もちろん、昨年11月に施行された「携帯電話の使用禁止」以外にも「飲酒運転の罰則強化」など他の要因も考えられるので、これだけが根拠には到底ならない。しかし、引用した記事にはそれすらない。統計的に全く無意味な数字を掲げて、さも「携帯電話の使用禁止」が交通事故の防止に効果があったかのように見せかけていると思われても仕方がない。あんなお粗末なデータで騙されて、なんでもかんでも無根拠に我々の行動を規制するルールがこれ以上課せられるかと思うと空恐ろしい。


ちなみにこの記事は「運転中の携帯電話の使用」を擁護するものでは決してない。

*1:施行3ヶ月後の調査で「東京では、施行前2.9%であったのに対し、施行後は0.7%、静岡県では1.8%が0.4%、徳島県では1.9%が0.4%となった」という報告がある。

*2:改正法施行前一年間で、運転中にブリーフを履いていたドライバー(以下、BD)の総数がNであったとし、また、BDが事故を起こす確率はpであるとする。pは施行前後で変わらないものとする。定義より、施行前一年間にBDが事故を起こした件数はNpである。施行後一年で、BDの総数がN/2に減少したとすると、その年のBDの事故件数は(N/2)pになる。したがって前年比は(Np/2)/Npで、1/2となる。

*3:運転中に携帯電話を使用しようがしまいが、交通事故には何の影響もない可能性があるということ。携帯電話を使用していない人の事故が、1010件ほど増加したかもしれない事実は完全に無視されている。

*4:果たしてこれも統計的に有意な差であるのかどうかは別として