ばーちゃんち滞在記(ちょっとだけ長編)

 ばーちゃんちに泊まってきた。ばーちゃんちは、祖父が一昨年に癌で死んでから、今は伯母と祖母と犬の3人暮らし中だ。初日は着いたら早速仏壇に手を合わせて、寝て、飯食って、犬の散歩して、風呂入ってチューハイ飲んでテレビ見て寝た。

 住宅街なので、どうやら犬の散歩をしている人が多いらしい。稀に犬連れの若い女の子がいるので、その時ばかりは張り切って「こんにちわ!」と声をかけることにしている。

「こんにちわ!」
「あ、こんにちわー」
「かわいい柴犬ですね、やっぱり日本人は柴犬に限りますよ」
「あ、そういえば、今日はそこの公園で祭やってますね」
「みたいですね」
「9時には花火もあがるみたいだけど、行かないんですか?」
「うーん、一人で行くのもなんだし……。」
「じゃあ、これからダブルデートしませんか?(犬と)」

──実際は2行目までの会話で終了したが、僕の頭の中では、この会話を越えて最後、つまり最後までシミュレートされた。

 もう夕方で外は暗くて、ついでに僕がかなりの乱視なので、相手の顔がよく見えなかったから確かなことは言えないけど、その子は金持ちの家の清楚なお嬢様風の人だった気がする。とりあえず声はとてもかわいかった。ひとつ確かに言えるのは、住宅街の犬の散歩コースは、穴場の出会いスポットだということだ。犬にたかる小中学生はウザいだけだが、飼い主同士の場合、手ぶらの時より断然声をかけやすいし、相手にも違和感を全く与えない。そのまま立ち話になることはしょっちゅう。──そうはいいつつ、奥手な僕は未だ会話まで。


 滞在2日目に伯母に温泉に連れて行ってもらった。そこは最近できたばかりの温泉らしく、支払いがすべて、貸与されるバーコード付きの腕輪で行えるような、いわゆるハイテク温泉。コーヒー牛乳からおみやげまで、何から何まですべてこの腕輪のバーコードをかざせば、帰るときに後払いでOK。湯や酒で頭がのぼせたところにつけこんで、これでさらに金銭感覚を麻痺させようという、実に恐ろしい、いや見事な企業戦略だと評したい。

 正面口から入り、靴をロッカーに入れ、フロントにそのカギを持って行くと、いきなりフロントのお姉さんが皆美人揃い。やがて全裸になる僕のカラダを想像してるんだろうなと逆妄想してやって、僕は勝手に興奮してやった。その中のひとりのお姉さんとやたら目が合った。乱視がキツくなった最近は特に、知らない人の顔をまじまじと見るクセがついてしまって困る。つまり、よく目が合うのではなくて、こちらが見過ぎなのだろう。知り合いか、知り合いじゃないか、かわいいか、かわいくないかという微妙な境界線にある見た目の人ほど、長時間凝視してしまうようだ。

 体を洗って、室内風呂→露天風呂→サウナ→水風呂などとスタンダードなコースを満喫した後、岩サウナ(?)みたいな小屋が、屋外の林の影に怪しくひっそりとそびえ立っているのに気付く。張り紙には『無料サービス実施中』とある。「なんだこれ?おもしろそう!」と好奇心に胸躍らせ、勢いよく入り口のドアを開けると、そこには40代くらいの案内係らしきおばさんがいて、思いっきりチンコを見られた。ドアノブに手をかけるとき、股間を隠すためのタオルを持つ手に向ける意識が、一瞬どうしても薄れるのだ。これは魔女が仕掛けた罠に違いないと、僕は憤慨した。そう、林の奥にひっそりと立つ小屋の佇まいといい、『無料サービス実施中』という甘い誘い文句といい、僕はまるで“お菓子の家”に迷い込んだヘンゼルだ。

 その魔女である彼女は、年相応に老けた顔ではあるが、微妙な美人だったから僕はなおさら、たとえおばさんだとしても、大事なカラダを不本意な異性(と認められる範囲の相手)に見られたことが許せなかったのだ。僕は少し苛立ちながらも股間を手で押さえ、おばさんの岩サウナに関する下らない説明に黙って笑顔で頷いてやった。

 しかしそんなアクシデントとは裏腹に、岩サウナはとても気持ちがよかった。ほどよく暖かい岩のベッドの上に寝そべり、じわじわと汗をかくことができる。そこで仰向けになった僕は、あの案内係のおばさんは何を思ってこの仕事をしているんだろう、ここの給料はいくらもらっているんだろう、もしかしたら趣味でやってるのかもしれない等と意味のない思索にふけりながら、至福の5分間無料体験を過ごした。

 風呂を出たあと、飯を食うため2階へあがる。伯母と酒を交わしながら家の相続についての話をした。僕はゆくゆくは家をつがなくてはならない使命にあるのだ。父方の家族は6人兄弟なのだが、親類の中でこの姓を継げるのは自分とバカな弟だけ。結婚なんてまだ全然考えてもなかったが、昨日会った柴犬連れのお嬢さんを祭に誘っておくべきだったと、なぜかここでちょっとだけ後悔した。

結婚相手は随時募集中

 帰り際に足つぼマッサージをやってもらった。痛いというか、気持ちいいというか、何よりまずくすぐったかった。どうしようもなく、つい喘ぎ声をあげてしまった。恥ずかしい。

 酒と疲れのせいで全身脱力して、家に着くとそのままソファに突っ伏して寝た。とにかく寝てばっかりだ。──これから買い物に行くというので起こされたのは19時過ぎだった。

 ハズしでもいいからなんとか着てあげようと思っても、やっぱり着こなせない(部屋着にも着たくない)ようなTシャツや、やけに紳士風なトランクスをよく勝手に買ってこられて困るので、ばーちゃんの買い物には必ずついて行くことにしている。東急でファブリーズと足ムレ防止スプレーとレセナとシャンプーとビオレとブレンディを買ってもらった。こういう日用品が一番嬉しい。自分で買おうと思っても、微妙に値が張る日用品はここぞとばかりに買ってもらう。

 家に着いて、買ったばかりのビオレで洗顔だけした。TVでNHK民族音楽紀行(だったかな)を聞きながら、ラスコーの壁画についての本を眺め、そしてまたしても眠りについた。


 本日、伯母に車で送ってもらって帰宅。明日は前期試験最後のテスト。全くやる気が起きないが、もうすぐ楽しい夏休み。バイト探しとかないと。